東京地方裁判所 平成6年(ワ)25156号 判決 1998年10月30日
原告
株式会社ジェイイー シー インターナショナル
右代表者代表取締役
川島正子
右訴訟代理人弁護士
竹内康二
同
奈良次郎
同
市村隆行
同
本山信二郎
被告
伊藤忠商事株式会社
右代表者代表取締役
白井哲三郎
右訴訟代理人弁護士
豊田泰介
被告
有限会社エヌビーエイ ジャパン
右代表者代表取締役
木村季雄
外二名
右被告三名訴訟代理人弁護士
藤田耕司
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告らは原告に対し、各自四億円及びこれに対する平成六年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要等
一 事案の概要
本件は、原告が、米国の有名プロバスケットボール選手を日本に招聘して行うバスケットボール試合の興行を企画し必要な契約を締結するなど準備を進めていたところ、右興行の阻止を企図する被告らが出場予定選手、原告の取引先等に脅迫的な文言等が記載された文書を送付するなどの妨害行為を共同して行ったため、多数の契約が解除されるに至り当初の計画と大幅に異なる内容での興行の実施を余儀なくされ、当初約六億円の収益が見込まれていたにもかかわらず実際には二億円余の損失が発生し、その差額に相当する損害が生じたと主張して、そのうち四億円の支払を不法行為に基づく損害賠償として被告らに求めた事案である。
二 争いのない事実等(証拠による場合は適宜掲記する)
1 当事者等
(一) 原告は、いわゆる外国人アーチスト(文化、芸能、スポーツ関係)の招聘、一般興行の運営企画業務等を目的とする株式会社である。
森岡和彦(以下「森岡」という)は、原告の取締役であるが、会長と称するなど原告の経営の実権を担っている者である(甲一二九、丙一三、一四)。
(二)(1) 被告伊藤忠商事株式会社(以下「被告伊藤忠」という)は、いわゆる総合商社として、工業所有権、著作権等の無体財産権の取得、貸与及び販売その他を目的とする会社である。
(2) 被告伊藤忠と被告エヌビーエイプロパティーズインコーポレイテッド(NBA PROPERTIES ,INC。以下「被告プロパティーズ」という)は、平成四年一月一日被告伊藤忠をライセンシー(実施権者)として、被告ナショナルバスケットボールアソシエーション(NATIONAL BASKETBALL ASSOCIATION(INC)。以下「被告NBA」という)が主催するバスケットボール試合(以下「公式試合」という。)の興行権、テレビ放映権、これに関する無体財産権等の権利についてライセンス契約を締結した(乙一。以下「本件ライセンス契約」という)。
(三) 被告有限会社エヌビーエイジャパン(以下「被告ジャパン」という)は、バスケットボール、バスケットボール団体又はチームに関する商標、商品名又はキャラクターデザインを付した商品、製品に関する市場調査及び販売のコンサルタント業務等を目的とする会社である。
(四)(1) 被告NBAは、米国プロフェッショナルバスケットボールチーム(以下「プロチーム」という)を保有する二七の団体の間の契約によって構成される米国ニューヨーク州で設立された合弁企業である。
(2) プロチームとの間でナショナルバスケットボールアソシエーション(以下「NBA」という)統一選手契約(丙九。以下「本件選手契約」という)を締結することにより被告NBAに所属するに至った選手又は将来所属する選手(以下「NBA所属選手」という)は、選手を代表する唯一の労働団体としてナショナルバスケットボールプレーヤーズアソシエーション(以下「選手団体」という)を構成する(丙六、二〇)。
被告NBAと選手団体は、昭和六三年一一月一日、NBA所属選手の労働条件等を定めるものとして団体労働協約を締結した(丙八。以下「本件労働協約」という)。
(五)(1) 被告プロパティーズは、被告NBA及びプロチームの有する商標権等の無体財産権の管理運営を行っている米国ニューヨーク州商事会社である。
(2) 被告プロパティーズと選手団体は、平成元年六月一五日、NBA所属選手の催事等への参加条件を定める契約を締結した(丙二〇。以下「本件イベント契約」という)。
2 原告の興行に至る経緯
(一)(1) 森岡は、平成五年にNBA所属選手のオールスターチームを日本に招聘することを計画し、平成四年一〇月ころ以降被告NBAへの接触を開始した。これに対して被告NBAは、日本における共同事業者である被告伊藤忠と協議をするよう返答した(甲一三〇、丙一三)。
そこで、森岡は右返答に基づき平成四年一二月八日、被告伊藤忠の従業員である大坪正則(以下「大坪」という)と面会し、右計画への協力を要請した。しかし、同人は同被告は非公式試合を内容とする右計画に関与することはできず、右計画及びこれに基づく原告と被告NBAの交渉には何らの妨害も反対もしないと答えたのみであり、積極的な協力は得られなかった(甲七八、証人森岡)。
結局、森岡は、同月二八日、準備期間不足を理由に右計画に係る提案を撤回した(丙一四)。
(2) その後も、森岡は被告NBA関係者への接触を図ったが、招聘計画への承諾及び助力は得られないままであり、本件労働協約が平成六年六月二三日に満期終了するとの情報に接したこともあり、同日以降に被告らの承諾を取らずにNBA所属選手を出場させてバスケットボール試合を行うことを決定し、右方針の下に必要な準備行為を進めた(甲三四、一二九、証人森岡)。
(二)(1) 被告NBA及び同プロパティーズらは、原告の右動向に対抗して、平成六年七月二一日、原告らに対し差止め、損害賠償を求める訴訟を米国カリフォルニア州上級裁判所(以下「米国裁判所」という)に提起した(甲五九。以下「米国訴訟」という)。
原告は、同年八月四日、同裁判所に同被告らに対し差止め、損害賠償を求める反訴を提起した(丙一)。
(2) 米国裁判所は、平成六年八月八日、被告NBAらの差止仮処分の申立てについて審理を行い、右審理中に右申立てを認める旨判断し(丙六。以下「本件決定」という)、これに基づき同月二二日、差止仮処分命令を発令した(丙四。以下「本件命令」という)。
(3) なお、原告らによる前記反訴請求は、平成七年五月一七日、米国裁判所によって棄却され(丙三)、一方被告NBAらによる前記本訴請求については、平成八年二月二六日、同裁判所によって差止を認める終局判決が下されている(丙五)。
(三) 原告は、被告らをはじめとして選手団体、プロチームのいずれの承諾も得ないまま、平成六年九月一日及び二日、横浜市所在の横浜アリーナにおいて、「エイズ予防チャリティー・全米プロバスケットボールドリームオールスター戦」との名称でバスケットボールの試合を内容とする興行を実施した(以下「本件興行」という)。
第三 当事者の主張
一 原告の主張
1 本件興行への妨害行為
被告らは、後記2のとおり何らの権限がないにもかかわらず、本件興行を妨害するため、以下の行為(以下併せて「本件妨害行為」という)を行った。
(一) 被告らは、平成六年六月二九日ころから、原告との間で書面又は口頭により本件興行への出場契約を締結した以下のNBA所属選手に対して、本件興行に参加して試合に出場した場合には罰金、契約解除その他の不利益を課す旨記載された書簡を被告NBA名義で送付した(以下「本件書簡送付行為」といい、送付された書簡を「本件書簡」という)。
(1) 原告との間で書面によって出場契約を締結した選手として。ダニー・マニング、タイロン・ヒル、クレイグ・イーロー、ロニー・サイカリー、アキーム・オラジュワン、クレイド・ドレクスラー、ドミニク・ウィルキンス、スパッド・ウェッブ及びキキ・バンドウェッジの九名。
(2) 原告との間で口頭により出場契約を締結した選手として、ショーン・ケンプ、シャキール・オニール、ニック・アンダーソン、チャールズ・バークレー及びミッチ・リッチモンドの五名。
(二) 被告らは、平成六年七月二六日ころ、被告NBAが原告に対し米国訴訟を提起した旨を伝える同被告発行の同月二三日付けエヌビーエイニュース(NBA NEWS。甲一四の二枚目等。以下「本件第一ニュース」という)を原告との間で本件興行に関する契約を締結していた取引先(以下「原告取引先会社」という)であるテレビ朝日、朝日新聞東京本社、報知新聞社、株式会社電通、ぴあ株式会社等に対してファクシミリにより送信した(以下「本件第一送信行為」という)。
(三) 被告らは、平成六年八月一〇日ころにも、本件決定の内容を伝えるとする被告NBA発行の同日付けエヌビーエイニュース(NBA NEWS。甲二八の三枚目等。以下「本件第二ニュース」という)を原告取引先会社である株式会社横浜アリーナ、シミズ舞台工芸株式会社、読売新聞社、日刊スポーツ社等に対して同様の方法により送信した(以下「本件第二送信行為」という)。
(四) 原告の本件興行は被告伊藤忠が本件ライセンス契約により取得した権利を何ら侵害するものではないにもかかわらず、大坪は、原告取引先会社等に本件興行はでたらめな企画なので実施されることはないなどと述べ、同被告の経済的優位性を背景に本件興行に協力しないように協力な圧力をかけた(以下「本件圧力行為」という)。
2 被告らの違法性
(一) そもそも被告らは、本件妨害行為を正当化できる法的権限を全く有していなかった。
(1) 被告伊藤忠は、本件ライセンス契約により、日本での公式試合に関して同プロパティーズの有する無体財産権を利用して利益を得る権利を有しているにすぎないのであって、公式試合を独占的に興行する権利を有しているものではない。
(2) 被告NBAは、本件労働協約に基づきNBA所属選手に対し直接権利を行使することが認められていたものの、右労働協約は平成六年六月二三日の経過と共に満期により失効したものであり、本件妨害行為の時点では選手が本件興行に参加することを阻止する実体的権限を何ら有していなかった。
(3) 被告ジャパンは、同NBA及び同プロパティーズの日本における代理人であり、同伊藤忠の興行部門と実際には融合していることからすれば、同伊藤忠及び同NBAが右のとおり権限を有しない以上、同ジャパンがこれを有することもまたあり得ないというべきである。
(4) 被告プロパティーズは無体財産権に関する権利を有しているにすぎないのであり、本件興行が右権利を何ら侵害するものではないことからすれば、本件妨害行為を正当化する権限は全くないというべきである。
(5) 以上のように、被告らは本件興行の実施に介入すべき法的権限を何ら有していないのであるから、本件妨害行為が故意による妨害行為として違法であることは明らかである。
(二) また、以下の点を考慮すれば、本件妨害行為はその態様自体においても違法とされるべきものである。
(1) 本件書簡送付行為は、原告と出場契約を締結し又はしようとしていたNBA所属選手に送付されたものであるが、その内容は制裁を告知した上で出場取消しを求めるという脅迫的なものである。
右送付行為の結果、多数の選手が脅迫に屈して本件興行への出場を辞退するに至った。
(2) 本件第一送信行為及び本件第二送信行為(以下併せて「本件送信行為」という)は、原告取引先会社等が本件興行の実施に疑念を抱き混乱が生じるであろうことを十分予測した上で、米国訴訟の提起及びその審理中における本件決定という重大事実を意図的に同社らに送信するという悪質な行為である。特に、本件第二送信行為においては、真実の仮処分命令と異なり、無許可試合が禁止されたという意図的に誤訳した内容の日本語訳文を添付するなどしており、その悪質性は際立っている。
(3) 被告らの右行為の結果、原告取引先会社は本件興行が違法でしかも米国裁判所の本件決定により禁止された興行であるかのような印象を抱いて動揺した上、本件圧力行為により被告伊藤忠の報復行為に対する畏怖の念を抱いたことも加わって、本件興行への協力を中止せざるを得ない事態に追い込まれた。
(三) 次のとおり被告らには主観的関連共同性が認められるのであるから、本件妨害行為は原告に対する関係で共同不法行為となる。
(1) 本件妨害行為は、時系列的にみると、被告伊藤忠及び同ジャパンの日本における情報収集活動、同NBA及び同プロパティーズに対する報告、同伊藤忠からの原告排除の要望とそれを承認し具体的対抗手段を検討する被告らの協議、同NBA所属選手に対する脅迫行為、同伊藤忠、同NBA及び同プロパティーズの原告取引先会社に対する妨害宣伝活動という一連の過程を経て実行に移されている。
(2) 被告NBAと同プロパティーズが同一場所に所在し実質的に統一的意思決定がされていること、同NBAと同ジャパンは代表者が同一で統一的な意思決定がされていること、日本における同NBA及び同プロパティーズの窓口が同伊藤忠であること等からすると、被告らに密接な共同関係が当初から存在していたこともまた明らかというべきである。
3 損害
(一) 当初の計画どおりに本件興行が実行できた場合、原告は確実に別紙収支予算表記載のとおり六億〇〇二八万六八八〇円の利益を上げることができた。
(二) しかし、被告らの本件妨害行為により、当初予定した著名選手の欠場、冠スポンサーの辞退、テレビ放映の中止等の本件興行に悪影響を及ぼす事態が多発し、実際の入場者数及び広告収入は右(一)の予測より著しく低下した。
この結果、原告は本件興行により利益を取得するどころか、逆に別紙収支決算表記載のとおり二億一二七九万五四七二円もの損失を被った。
(三) 右予想収益額と現実の損失額との差額である八億一三〇八万二三五二円が、本件妨害行為により原告が被った損害の額となる。
4 よって、原告は被告らに対し、共同不法行為に基づく損害賠償請求として、各自八億一三〇八万二三五二円のうち四億円及びこれに対する不法行為の日の後であることが明らかな平成六年九月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告らの主張
1 被告伊藤忠
(一) 事実関係
(1) 本件書簡送付行為については知らない。
本件第一送信行為及び本件第二送信行為は、行為主体に被告伊藤忠が含まれないことを前提としてこれを認める。
本件圧力行為については否認する。
(2) 被告伊藤忠は、本件ライセンス契約に基づき、同プロパティーズに対して本件興行に係る原告の動向等について情報提供を行ったことはあるが、それ以上に本件妨害行為に関与した事実は全くない。
(二) 法的権限
被告伊藤忠は、本件ライセンス契約により公式試合に関する興行権、商標使用権等を有していた。
原告は、被告伊藤忠の許可を得ることなく本件興行を強行しようとしたものであり、同被告の右権利を侵害するものである。
よって、被告伊藤忠は原告の本件興行を差し止める権利を有している。
(三) 損害
原告は、出場選手を入れ替えた上、予定どおり本件興行を実施した。右実施に当たっては、宣伝広告、チケット販売も含めて滞りがなかったのであるから、原告が本件興行の実行に必要な事項について関係各社の協力を得るに当たって何ら支障がなかったことは明らかであり、原告の主張する損害は発生根拠が不明である。
2 被告NBA、同プロパティーズ及び同ジャパン
(一) 事実関係
(1)ア 本件書簡送付行為は、被告NBAの行為として認める。
イ 本件書簡の内容は、本件労働協約及び本件選手契約の内容と合致するものであり、不当な記載ではない。本件労働協約に定められた労働条件は米国連邦労働法により右協約の期間満了後も効力が存続していた。
(2)ア 本件第一送信行為は、被告NBA及び同プロパティーズの行為として認める。
イ 本件第一ニュースは、米国訴訟提起の事実及びNBA所属選手が被告NBAの承認した試合しか出場できないことを事実に基づき伝えるものであり、送付先である原告取引先会社に対して原告との取引中止を求めるものではなく、不法行為となるものではない。
(3)ア 本件第二送信行為は、被告NBA及び同プロパティーズの行為として認める。
イ 本件第二ニュースは、本件決定を事実に基づき伝達するもので、訳文も正確で誤訳などは存在しないのであるから、不法行為を構成しない。
(4) 本件圧力行為は否認する。原告の主張は特定不十分であり不明確である。
(5) 右(1)ないし(4)から明らかなように、被告ジャパンは本件妨害行為のいずれにも全く関与していない。したがって、被告ジャパンに不法行為責任が発生する余地は全くない。
(二) 法的根拠
(1)ア 被告NBAは、本件労働協約により、NBA所属選手が承諾なく第三者の主催するバスケットボールの試合に参加することを禁じることができる権限を有していた。
イ 右協約の効力が期間満了により消滅したという原告の主張を前提としても、被告NBAはプロチームから構成される合弁企業として、プロチームが本件選手契約により取得したNBA所属選手が非公式の試合に出場することを禁じる権限をプロチームに代わって行使することができ、現実にも右権限を行使してきた。
(2) 被告プロパティーズは、本件イベント契約により、NBA所属選手が非公式のバスケットボールの試合に出場することを禁じることができる権限を有していた。
(3) よって、被告NBA及び同プロパティーズは原告に対し、NBA所属選手を用いた本件興行を差し止める権限を有していたのである。
(三) 損害
原告の主張する損益見積りはいずれも客観的な証拠を伴わないものであり、理由がない。
第四 判断
一 まず、本件妨害行為の存否及びその主体について検討する。
1 本件書簡送付行為について
本件書簡送付行為が被告NBAによって行われたことは同被告、被告プロパティーズ及び同ジャパンの認めるところであり、証拠(甲二二、二三、三六の3及び4、三七の2及び3、38の2及び4、三九の2、四〇の3、四一の5、四二の2、四三の2及び3、五八の3ないし5)によっても、被告NBAが平成六年六月二九日及び同年七月二七日の二度にわたって原告との間で出場契約を締結した前記NBA所属選手等に本件書簡を送付したことが認められる。
したがって、本件書簡送付行為の主体は被告NBAであることが認められるが、その余の被告らについては、本件書簡送付行為への関与を認めるに足りる証拠は見い出せず、これを認めることはできない。
2 本件送信行為について
(一) 行為主体の点を除けば、本件送信行為が存在すること自体については当事者間に争いがない。
(二) そこで、行為主体及び送信内容について検討する。
証拠(甲一四ないし一九、二六から二九)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告NBAは、平成六年七月二三日及び同年八月一〇日の二度にわたって英語によって本件第一ニュース及び本件第二ニュース(以下併せて「本件ニュース」という)を発行した。
(2) 本件第一ニュースは、一部に被告NBAから原告取引先会社へ直接送信されたものも見受けられるが、被告NBA及び同プロパティーズのリーガル部門日本代表である弁理士村木清司(以下「村木弁理士」という)を経由して原告取引先会社へ送信された。
すなわち、村木弁理士は同人及び弁護士二名の名義で「株式会社ジェイイーシーインターナショナル主催の「全米プロバスケットボールドリームオールスター戦」の件」と題する書面(甲一五の一枚目ほか。以下「本件第一送信文」という)を作成した上、本件第一ニュース写しの下部に日本語訳文(以下「本件第一訳文」という)を付した書面(甲一五の二枚目ほか)を添えて、平成六年七月二六日、原告取引先会社にファクシミリで送信した。
(3) 本件第一訳文には、「NBA、無許可試合禁止のためにJECを提訴」との表題が付され、本文第一段落では米国訴訟提起の事実が、本文第二段落では、NBA所属選手はNBAが許可した試合にしか出られないこと及び原告が被告NBAに申請もせず許可も得ていないことを前提として、NBA所属選手は原告の試合には出られない旨が、それぞれ記載されている。
本件第一送信文は、米国訴訟提起の事実を告知するとの内容を含むのみであり、本件第一訳文以上の内容は含まれていない。
(4) 本件第二ニュースについても、本件第一ニュースと同様村木弁理士を通じて、同年八月一一日、原告取引先会社へファクシミリで送信された。
すなわち、原告取引先会社に送信された時点では、村木弁理士ほか二名の名義の「株式会社ジェイイーシーインターナショナル主催の「全米プロバスケットボールドリームオールスター戦」の件」と題する書面(甲二六の一枚目ほか。以下「本件第二送信文」という)に加えて、別紙として本件第二ニュース及びその日本語訳文(甲二六の二枚目ほか。以下「本件第二訳文」という)二枚が添付された合計三枚からなる文書となっていた。
(5) 本件第二訳文には、「判示は日本における無許可試合の禁止を命令」との表題が付されたほか、本文第一段落では本件決定の内容が、同第二段落ではNBAの選手が本件興行に参加しないことになるとの予測が、同第三段落では被告NBA副社長の見解が、同第四段落では右決定の理由の一部がそれぞれ記載されている。
本件第二送信文は、米国訴訟提起の事実に加え、本件決定の存在及びその内容を告知するとの内容を含むのみであり、本件第二訳文以上の内容は含まれていない。
(三) 本件送信行為が被告NBA及び同プロパティーズによって行われたことは同被告ら及び被告ジャパンの認めるところであり、また、右認定の本件ニュースの発行名義人、その記載内容、送信の経路、送信に関与した者等の各事実によれば、被告NBA及び同プロパティーズが本件送信行為の主体であることが認められる。
しかし、その余の被告らについては、本件送信行為への関与を認めるに足りる証拠はなく、これを認めることはできない。
3 本件圧力行為について
(一) 本件圧力行為に関しては、本件全記録を精査検討してもこれを認めるに足りる客観的証拠は存在せず、右主張に沿う裏付けは証人森岡の供述のみである。なお、原告は甲二四(電通からの通知書)及び二五号証(テレビ朝日からの通知書)が右証拠に当たる旨指摘するようであるが、右各証拠にはそのような趣旨の記載は窺えず、右主張と相反する内容の他の原告取引先会社担当者ら作成の陳述書(乙二、三)の存在も併せ考慮すると、右各甲号証は本件圧力行為を認めるに足りる証拠とはなり得ないというべきである。
(二) そこで、唯一の証拠である証人森岡の供述を検討するのであるが、森岡は大坪とは平成四年一二月八日に一度会ったのみで、その後本件興行に至るまで被告伊藤忠と交渉したことも本件妨害行為の事実関係を確認しこれに抗議したこともないというのであるから(証人森岡)、森岡がいかなる根拠に基づき大坪による本件圧力行為を認識し得たというのかさえ全く不明といわざるを得ないものであり、合理的根拠を欠いた単なる推測にすぎないものとして採用することができない。
したがって、本件圧力行為については、その存在自体認めることはできない。
4 まとめ
以上によると、原告が本件妨害行為として主張する行為については、被告NBAによる本件書簡送付行為、被告NBA及び同プロパティーズによる本件送信行為のみが認められるにとどまる。
よって、被告伊藤忠及び同ジャパンに対する原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がなく失当である。
二 そこで、次に、被告NBAの行った本件書簡送付行為並びに同被告及び被告プロパティーズの行った本件送信行為につき、その違法性について検討する。
1 被告NBA及び同プロパティーズの法的権限
(一) 原告は、被告NBA及び同プロパティーズがNBA所属選手が本件興行へ出場することを禁止し得る法的権限を何ら有していなかったことを理由にして、本件書簡送付行為及び本件送信行為が違法であることが明らかであると主張するので、この点を検討する。
(二)(1) 原告が本件興行に当たり、被告NBA、同プロパティーズ、選手団体及びプロチーム等のいかなる者の承諾も取得していないことは当事者間に争いがない。
(2) 一方、証拠(丙八、九、二〇)によれば、本件労働協約約二〇条六項において、NBA所属選手は被告NBA及び選手団体の書面による承諾がない限り開幕期間外のバスケットボール試合には出場できない旨が、本件選手契約一七条において、NBA所属選手はプロチームの書面による承諾を得た場合を除きバスケットボール試合に出場できない旨が、本件イベント契約二条において、NBA所属選手は本件労働協約が定める例外に当たる場合を除くほかいかなる催事(非公式のバスケットボールの試合等)にも参加することができない旨がそれぞれ規定されていることが認められる。
(3) 右認定事実からすると、被告NBA、選手団体及びプロチームの書面による承諾が存在しない本件興行にNBA所属選手が参加することは、本件労働協約、本件選手契約及び本件イベント契約の右各規定違反の問題が生じることは明らかであり、右各契約を締結した当事者である被告NBA、プロチーム、被告プロパティーズが右各契約に反する行為が行われないようにNBA所属選手に対して必要な措置を採ることは原則として何ら違法の問題を生じるものではない。
(三)(1) ところで、証拠(丙一二の1)及び弁論の全趣旨によれば、本件労働協約は平成六年六月二三日の経過により定められた協約期間が満期終了したことが認められ、原告は、この点を指摘して、本件労働協約が失効した以上、被告NBAはNBA所属選手に対して直接かつ個別具体的な権限を有しないものであると主張する。
(2) しかし、右証拠等によれば、被告NBAと選手団体が右満期終了の前後において新たな団体労働協約の締結に向けて交渉を行っていたことが認められるところ、本件労働協約の解釈に関しては、本件労働協約はその期間終了後も当事者(プロチーム、その代表団体である被告NBA、NBA所属選手及びその代表団体である選手団体)間で引き続き拘束力を有する旨の見解(ペンシルバニア大学ロースクールの労働法を専門とする教授のもの)が示されており、その内容には相応の合理性があることが是認できること、労働協約の交渉が継続している間は旧労働協約上の制度を継続適用することができる旨判示した米国連邦地方裁判所の裁判例が存在すること、本件決定において本件労働協約の効力が明確に排斥されてはいないこと(第3項において被告NBAらと選手の間の契約と包括的に判示している)が認められる(丙六、七、一二の1)のであって、原告の右主張を直ちに採用することは困難である。
(3) また、証拠(丙九、一二の1、一六ないし一八)及び弁論の全趣旨によれば、被告NBAはプロチームを保有する二七の団体の間の契約によって構成される合弁企業であること、本件労働協約はプロチームを代表する団体としての被告NBAとNBA所属選手を代表する団体としての選手団体との間で締結されていること、本件選手契約においてNBA所属選手に債務不履行が生じた場合、直接の契約当事者でない被告NBAのコミッショナーに罰金又は出場停止の罰則を行う権限を与える旨の合意があること(一七条)、実際にも本件労働協約二〇条、本件選手契約一七条違反の行為に対して、被告NBAが罰金という制裁をNBA所属選手に課していることが認められる。
右事実によれば、被告NBAとプロチームは上部団体とその構成員という極めて密接な関係に立つことが明らかであり、前記認定のとおり、プロチームが本件選手契約に基づきNBA所属選手に対し本件興行への出場という契約違反行為を防止するために必要な措置を採ることも原則として許されるものである以上、仮に本件労働協約によって被告NBAに付与された権限が期限満了により直ちに喪失すると解したとしても、同被告が本件選手契約によりプロチームの有する権限をいわば自己の名で行使することは、NBA所属選手はもちろんのこと、第三者に対しても格別の不利益をもたらすものではないのであるから、直ちに違法の問題を生じるとは到底いうことはできない。
(4) 結局、原告の右主張は、本件労働協約の満期終了という事実のみを取り上げ、NBA所属選手に対して拘束力を有する他の契約の存在があるにもかかわらず、殊更これらを無視するものであって、NBA所属選手を取りまく法律関係の解釈として偏ぱに過ぎるものといわざるを得ない。
(四) 以上のとおりであり、被告NBA及び同プロパティーズが、NBA所属選手の本件興行への出場を回避させること(以下、このことを捉えて「本件権限」という)は、法的根拠に基づくものである。
したがって、右被告らの処置に法的権限がないとして、本件書簡送付行為及び本件送信行為を違法とする原告の主張は、理由がなく採用できない。
2 被告らの行為の相当性について
(一) 原告は、本件書簡送付行為及び本件送信行為について、本件書簡が脅迫的文言を含むものであることや、本件送信行為が第三者である原告取引先会社に意図的に誤訳された訳文を付した文書を送信するものであること等の点を指摘し、行為の態様自体において社会的相当性を逸脱し違法であると主張する。
そこで、右各行為が本件権限を行使する態様として相当であるかについても検討を加える。
(二) まず、本件書簡について検討を加えると、前記一1記載のとおり本件労働協約及び本件選手契約において定められたNBA所属選手の義務及びその違反に対する制裁について告知することを主たる内容とするものであり、このような内容の本件書簡送付行為が相当性を欠くものであったとはいえず、他に相当性の欠如を窺わせる事情は本件全記録を検討しても見い出だせない。
なお、原告は制裁の告知が脅迫に当たると主張するが、右制裁自体が本件選手契約上予定されているものであるから、このような主張はそれ自体失当である。
(三) 次に、本件送信行為について検討する。
(1)ア 本件第一訳文及び本件第一送信文を検討すると、その内容の詳細は前記一2(二)記載のとおりであり、本件第一送信文、本件第一訳文表題及び同第一段落はいずれも米国訴訟提起の事実を伝達するものであって、同第二段落は右訴訟提起に際しての法的主張の骨子が記載されているというものである。
イ しかしながら、訴訟提起があったことを伝達する行為は、特段の事情がない限り相当な行為として違法行為を構成しないものと解されるし、前記認定の本件権限の存在及び米国訴訟の結末を考慮すると、第二段落に記載された法的主張も是認できる内容のものということができるから、右記載が違法行為を構成すると解することはできない。
ウ 原告は第三者である原告取引先会社に送信したこと自体が被告NBA及び同プロパティーズの害意を窺わせるものとして右特段の事情に当たると主張していることが窺われる。
しかし、前記のとおり、右各被告は本件権限を有するものであって、本件送信行為に係る文書の内容、原告取引先会社と原告の関係等を併せ考慮すると、本件出場契約締結当事者以外の第三者に送信があったからといって直ちに右特段の事情があったと解することはできないというべきである。
エ そして、本件全記録を検討しても、他に右特段の事情の存在を窺わせるに足りる証拠を見い出だすことはできない(むしろ前記争いのない事実等の欄に記載された米国訴訟の結末を考慮すると適法性が推認されるというべきである)から、原告の主張は理由がなく、失当であるといわざるを得ない。
(2)ア 本件第二訳文及び本件第二送信文について検討すると、その内容の詳細は前記一2(二)記載のとおりであり、本件決定を伝達することを主たる目的とし、これに予測される結果やコメント等を付加したものである。
右記載内容と本件権限の存在を併せ考察すると、本件決定を告知するものである本件第二送信行為は、何ら違法の問題を生じるものではないというべきである。また、第三者に対する送信行為であっても直ちにこれを違法とするに足りるものでないことについては前記(1)ウに述べたとおりである。
イ ところで、原告は、本件第二訳文は表題が不適切であるなどとして、文面自体が不相当であるとも主張する。
(ア) そこで、まず、本件決定(丙六)の内容について検討すると、本件決定においては「差止仮処分の申立てを、試合への出場について明示的承諾を得た選手以外の選手について認める」と判示されているだけである。
しかし、証拠(甲五九、丙四、五)によると、米国訴訟において被告NBAらは原告が組織するバスケットボール試合へNBA所属選手を誘ったり交渉したり契約したりすることを差し止めることを求めていたこと、本件決定を受けた本件命令においては原告がNBA所属選手と本件興行への出場契約を締結し又は本件興行を企画宣伝すること等が差し止められたこと、米国訴訟の終局判決においても本件命令と同じく、原告に対してNBA所属選手との間で原告の企画するバスケットボール試合への出場契約を締結すること及び右試合を企画宣伝すること等についていかなる方法によっても直接関接を問わず関与、約束、実行してはならない旨が命じられていることが認められるのであるから、本件決定がNBA所属選手が参加した形での本件興行の実施を禁止する内容のものであったことは容易に窺われるというべきである。
(イ) また、本件第二送信文の表題は前記認定のとおり「判事は日本における無許可試合の禁止を命令」となっており、禁止される試合の範囲を一義的に特定することが必ずしも可能であるとはいえない。
しかし、証拠(甲二六ないし二九)によれば、直後の本文第一段落において、「現在NBAに所属する選手の参加した無許可のバスケットボール試合を日本で行うことを禁止する命令を出した」と記載されており、表題と前記認定の本件決定の内容に即した右本文とを併せて考慮するならば、通常の読者において本件決定の趣旨に反する理解をすることはないものと解される。
(ウ) したがって、本件第二訳文全体を考察すると、本件決定の趣旨に相反した不相当な点があるということはできず、この点をいう原告の主張は理由がない。
(3) したがって、本件書簡送付行為及び本件送信行為のいずれについても、被告NBA及び同プロパティーズが本件権限を行使するに当たっての態様として相当性を逸脱した事情を認めることはできない。
3 よって、被告NBAの本件書簡送付行為並びに同被告及び被告プロパティーズの本件送信行為は本件権限により裏付けられており、その行使の態様も不相当とは認められないものであるから、何ら違法の問題を生じるものではなく、原告の右被告二名に対する請求も、結局理由がないものといわざるを得ない。
三 以上のとおりであり、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官藤村啓 裁判官江原健志 裁判官岩渕正樹)